こどもの日🎏母の誕生日、87歳。米寿のお祝いを兼ねてリクエストされたすき焼きに招待しました。
お正月にも同じお店「木曽路」でしゃぶしゃぶを頂きました。ゆっくり皆んなでご飯を食べるのに丁度良いのです。
いつも面倒見てくれている義姉も一緒に来てもらいました。
今回は食べられるものを選びながら少しでも食べてもらって元気をつけてもらわなくちゃ、あと2回の抗がん剤も頑張ってもらおう。
予約してあるお店には開店と同時に到着しました。
既に待っているお客が大勢いて、こどもの日ということもあり、おじいちゃんおばあちゃん小さな子供の家族連れが多いです。
予約の時にお店には「母のお祝い」とだけ伝えていました。
席に着くと着物の店員さんが『おめでとうございます㊗️』と、言ってくれて母は嬉しそうにしています。
乾杯が終わるとお料理が直ぐにやってきました。一品一品運ばれてくるけれど食べるのが早い男達に合わせ途切れなく提供してくれます。母と義姉さんはメインのすき焼きの前に「お腹いっぱいだね」なんて言ってる。
順序よく進み店員さんの流れの良い作り方に「家でやるのとは違うね〜(笑)」なんて言いながらメインのすき焼きをいただきます。
店員さんのお手本の後に自分達で作っていきます。
息子と母の鍋は息子が奉行役で上手に作ってくれています。
母も孫が作ってくれるのが不安そうにしながらも嬉しそうにたくさん食べてくれました。
母は数種類の薬は飲んでいるものの膝が悪い以外に目立って悪いところもなく、数年前の気管支炎で入院した頃と比べてもかなり元気で、デイサービスに通ってからは声も若返っている。
義姉さん、パパさん、私の方は食べるのが早いパパさんに合わせ、せっせと作っていくが火が通る前に食べてしまうパパさんに「まだ早い!」と言っても効きません。自分なりの食べ頃があるようだ。少しは気を使え!いや、気がつけよ!と腹のなかで訴えてしまいます( *`ω´)
それでも皆んなで美味しいね〜と言いながら食べる事ができました。
最後のデザート、餡蜜も完食です。
帰りの車中で母が
昔、結婚する前の若い頃に叔母さんが作ってくれたすき焼きが忘れられない味であると話していた。おそらく昭和30年前後の話ではないかと思う。
母の家に叔母さんが沢山のお肉や野菜を持ってきてネギとお肉が大量に入った甘辛くて美味しくて珍しい食べ物が忘れられないと。当時はすき焼きというものがわからなかったらしく時代を経て名前を知った事。
何年経っても思い出の味は忘れないようです。
私にとって「木曽路のすき焼き」は忘れないものになりそうです。